現在地未特定一覧 南豊島


◉原宿久保町…『覚(屋敷畑譲渡に付)』(1693(元禄6)年3月5日)という古文書の作成者に「原宿久保町 譲主 半右衛門、他1名」又は「原宿村久保町 譲主 半右衛門、他1名」とある。これは、住民の半右衛門が武蔵国豊島郡角筈村の渡辺家に土地を譲渡した際の文書で、慶應義塾大学が所蔵している。大学の「所蔵古文書システム」にて検索される。別のものには「原宿村久保町」とある。青山久保町のうちで、その後、渋谷区区域に入ったものであろうと考えたが、青山久保町町域は神宮球場の端辺り(新宿区)を除いて全て港区のうちにあるようで、場所を特定できない。

以下『江戸地名俚俗字引』による

◉拾軒町…千駄ケ谷仲町、大木戸先。←???「先」とはどこから見て先なのか?「千駄ヶ谷仲町」は現・新宿四丁目の方まで拡がっていたようなので、四谷四丁目から見て「先」なのか?場所的に拾軒町≠十間町ということか。

◉十間町(じっけんちょう)…千駄ケ谷仲町二丁目、元、藏傍。煙硝?←???これも要調査。場所的に拾軒町≠十間町ということか。

◉新町(しんまち)…千駄ケ谷村、八幡社傍(そば)、外ヶ輪と云う処あり。←場所確認。新町は場所は分かっている。

◉大宗寺横町…四谷、新宿二丁目。←位置調査

『江戸町名里俗名集覧』による

◉千駄ヶ谷火番町←「千駄ヶ谷大番町」の誤りであるとある。

◉四ツ谷六軒町…説明に「内藤新宿の内」とある。


まだまだどんどん増えていきます。

江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。