【荏原 横町(横丁)】青物横町

横町(横丁)名:青物横町

読み方:あおものよこちょう Aomono-yokochō

区分:横町(横丁)

成立:江戸期

廃止:不明

現町名:品川区南品川二・三丁目

概要:江戸期に起立した南品川妙国寺門前が公称。法華宗妙満寺派・妙国寺の門前町屋。妙国寺は1285(弘安8)年の開基で、中世武将の古文書を多く所蔵するが、記録等が焼失してしまい不明。1745(延享2)年12月、「能勢肥後守様、馬場讃岐守様御勤役中町方御支配ニ相成申候」(備考)とあり、町奉行の支配となる。化政期(1804~1830年)の家数125軒(町方書上)。

「青物横町」とは、江戸時代に農民が野菜(青物)を持ち寄って市場を開いたことに由来する。品川は半農半漁で栄えてきた村落で、収穫された野菜は農民が自分で持ち寄って取引きしていた。それが市場として発展し、「青物横町」と呼ばれるようになった。この市場は規模を拡げ、大きな八百屋が軒を連ねるまでに展開し、昭和の初期まで賑わった。

「横町」は今では「横丁」と書くのが一般的となった。最寄駅も開業当初は「青物横町」表記だったが、いつの間にか「青物横丁」と改称。その頃からここも「丁」の字で書かれるようになったようだ。なお、駅名を改称した時期は京浜急行電鉄にも資料が残っていないようで、全く不明。

南品川妙国寺門前は明治4年11月22日(1872年1月2日)、東京府荏原郡に所属。1872(明治5)年、南品川宿に編入となり消滅(府志料)。なお、1776(安永5)年に南品川妙国寺門前から分離独立した南品川妙国寺内門前という町屋も存在したが、そちらも同じ運命を辿った。

江戸六地蔵の1つに数えられる品川寺にも近い。

※『角川日本地名大辞典』では「青山横町」とあるが、間違い。

撮影場所:青物横町

撮影地:品川区南品川二丁目5番7号(モスバーガー青物横丁駅前店 都営バス青物横丁停留所)

陣屋横町 台場横町


江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町