【神田 河岸】主水河岸

河岸名:主水河岸

読み方:もんとがし Monto-gashi

区分:河岸

成立:江戸期

廃止:不明

現町名:千代田区鍛冶町一丁目

概要:神田八丁堀(竜閑川)の中ノ橋~今川橋間北側の神田請負地の北に「●主水河岸ト云」とある。『字集覧』に「主水河岸。神田千代田町」とある。

この河岸の北岸には神田上水を引いた大久保主水の屋敷があったためにそう呼ばれた。屋敷内には「主水の井」という江戸名水の1つがあり、将軍用の御茶ノ水にも使用された。

大久保藤五郎忠行は三河以来の徳川家臣だったが、三河一向一揆の際に重傷を負ったことで菓子職人に転身、以後も仕えた。浜松郊外の「羽入八幡」で6種類の餅を献上し、それが徳川開運に繋がったと家康が喜び、それ以降寵愛されたという。忠行は江戸同行後にも小石川上水の整備を担当した。

なお、彼は「もんど」ではなく、「もんと」と呼ばれた。水周りを担当するため、濁り(濁点)を除いたという洒落である。『画報』には「同家の於て名のり来れる主水の称は、先祖忠行の神田上水を引きし功に因って徳川家より拝領せしものなり。されば同家にては、水の濁らざる縁によりてモントと澄みて唱えたるよし。主水河岸は今に至るもその地の人はやはり澄みて唱えり」とある。

撮影場所:主水河岸

撮影地:千代田区鍛冶町一丁目5番7号(江原ビルディング)

丸太河岸

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落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:市ヶ谷田町下二丁目