【日本橋 河岸】新場河岸

河岸名:新場河岸

読み方:しんばがし Shimba-gashi

区分:河岸

成立:1674(延宝2)年

廃止:1965(昭和40)年

現町名:中央区日本橋一丁目

概要:楓川の河岸。位置は中之橋(後に新場橋)から海賊橋(後に海運橋)の間の西側。『』には「三丁目迄新場、又ハ新肴場ト云 魚店ナリ」とある。

1674(延宝2)年の楓川沿いである本材木町二・三丁目の河岸に魚市場が開設された(『江戸切繪圖 : 俚俗 : 日本橋以南・京橋迄』では一丁目も含まれている)。そこは「新肴場」と名付けられ、そこで河岸名を「新肴場河岸」と呼んだが、長いので「新肴河岸」又は「新場河岸」と通称された。しかし「新場河岸」の方が通りがよく、後に中之橋も「新場橋」と改称した。

「日本橋魚市場の発展を受け、本材木町二丁目・三丁目に新しく魚市場を開設したのが「新肴場」(以下、新場)である。両者の役割は、月の上旬は新場が、中・下旬は日本橋が交替で幕府への納魚を担当した。成立の契機は、延宝2年(1674)に日本橋魚河岸を相手に訴訟を起こした相州三浦郡(現三浦市)と武州久良岐郡(現横浜市磯子区辺)の漁村13カ村が、日本橋より2割安の値段で売買することを許されたことによる」(『中央区三十年史』)。

撮影場所:新場河岸

撮影地:中央区日本橋一丁目21番5号(帝都自動車交通本社)

多菜粉河岸 新肴河岸

江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。