目黒千代か池を探すツアー

名所江戸百景「目黒千代か池」

「千代ヶ池」とは、南北朝時代に新田義興の侍女千代がこの池に身を投げたという伝説に由来する。目黒の、一体どこにあったんだろうか??そしてあの特徴的な段々は今でも残ってるんだろうか??

※フェイスブックに載せているものを転載。文章は一部修正。

 元ネタは2015(平成27)年10月5日(月)アップ


「この坂の中腹に千代ヶ池があった」と睨んだ。恐らく今は警視庁目黒合同庁舎になってるところだろう、と。

古地図なんか、見ずに来た。何故ならここいら辺はガキの頃から慣れ親しんだ場所だからだ。たったそれだけの予感と自信だ。

名所江戸百景「目黒千代か池」を知ったのはずいぶんと成長した後だった。「よし、古地図や現代地図なんか一切見ないで、久し振りにあの辺りに行ってみよう」と思った。

いや、本当のことを言うと、以前に1度、千代ヶ池跡を確認しに来たことがあった。ただそのときはそこまで真面目に考えてもなかったし、場所がよく分からなくて「恐らくそうかな」ってところの写真を撮っただけにすぎなかった。でも今日、再び目黒に来ることになって、「そう言えば」とまた千代ヶ崎跡探訪をしてみることにした。

1度目に来た時に特定した場所は、滝の水が目黒川に流れ落ちるあの構図から、もっと坂下で、そんでもって目黒川のもっと下流側でって、てんで話にならない場所だった。

江戸時代、千代ヶ池のあったところは、三田村、上大崎村、上目黒村、下目黒村の入会地だった。その後、ここいら辺は「字千代ヶ崎」と呼ばれたが、それは上大崎の字。千代ヶ池はその西隣というか南隣というか、目黒村大字下目黒字上耕地のうちだ。

で、この坂を天辺まで上ると、目黒三田通りって道があるんだけど、そこまで上り切る途中、警視庁目黒合同庁舎の先に目黒区と品川区の区境がある。

その後、目黒区と品川区との境界線変更が行われたのかどうか、そこまでは調べてない。千代ヶ池のあったとされるところは現在の品川区内ではなく、目黒区内、それも目黒一丁目っぽいと考えていた。だけど、番地は分からない。うーん、一体どこだ?


坂の中腹、警視庁目黒合同庁舎入口まで来た。この敷地の北に区境がある。「ここが千代ヶ池だった」と信じての登坂だ。坂を上るのが大嫌いだけどしょうがない。

日の丸が掲揚され、天辺に赤色灯が付いた警察車輛が所狭しと駐車されている、ここが千代ヶ池じゃないかなぁ…と。松平主殿頭、教えてくれ。


「字千代ヶ崎」…上大崎村、中目黒村と三田村に跨って松平主殿頭の抱屋敷があり、屋敷の内に池があり、昔は大変に広かったという。この池に新田義興の侍女・千代が身を投じたことから「千代」の名をとって地名にしたという、池の近くの古い松の木を「千代が衣掛松(ころもかけまつ)」といった(新編武蔵風土記稿)。


※『大江戸今昔めぐり』では、松平主殿頭の抱屋敷は三田村、上大崎村、上目黒村、下目黒村に跨っている。


警視庁目黒合同庁舎の内を撮ってみた。大きな池があってもおかしくない場所でしょう?

写真右手が品川区上大崎二丁目(上大崎村大字上大崎字千代ヶ崎)。背中はホテルプリンセスガーデン。

歌川広重が描いた絵だと、段々滝はあるけど池は見えない。


名所江戸百景「目黒千代か池」は現在の目黒区立三田公園だという説もある。そうなると、一本北のこの坂上こそがあやしい?ちなみに今回、目黒区立三田公園の写真は撮ってないけど、公園はこの坂を上がって左に行けばある。

ま、いいか、目黒に来たんだ。写真何枚か撮って、ラーメン二郎目黒店に行くとしよう。ってか、最初からそっちがメインの目黒来訪なんだけど。

で、家に帰って、初めて現代地図と古地図を見比べてみた。古地図は1856(安政3)年の実測復刻江戸図だ。現在の三田公園のあるところは、松平主殿頭の敷地と小道を挟んで北側にあたり、松平主殿頭の敷地ではなかった。つまり、目黒区立三田公園説はハズレだ。

千代ヶ池の正確な位置は、松平主殿頭の敷地の内の北側の各村の入会地にあった。そこは庶民の出入り自由の地。松平主殿頭は自分の敷地の北方を公園として開放していたのだという。

1856(安政3)年の実測復刻江戸図、たしかに池は描かれている。しかし、目黒川に落ちる段々の滝は描かれていない…。池の水は目黒川に向かって素直に落ちて行ったのだろうか。

そして、あの滝の段々さ加減が削られずに残っているのは、あっち(最初の写真)じゃなくてこっちだなぁ…。左側は目黒区三田二丁目10番、右側は目黒区目黒一丁目1番。こっちに決まりか??


ってことで、どうしょもなくつまんない結果発表!


あの滝は当然残っちゃいないけど、その跡は道として活用されていなかった!

つまり、千代ヶ池は本当に警視庁目黒合同庁舎内にあり、その池の水は、西南にある目黒台マンションの敷地内、そしてそのまま西南の段々滝を流れ、目黒川に落ちていた。

( ゚Д゚) 坂道の写真なんか撮って喜んでたのがそもそも間違いだった。

ただなぁ、目黒台マンションから目黒川までかなり距離あるぞ…。錦絵の構図をそのまま信じる奴なんかいねえか…。ってことで、適当な今回は実に適当な地図を載っけとこう…。



何か調べるとき、それはラーメン屋に行くついでじゃなく、ちゃんと下調べをしてからにしようと深く反省したのであった。


―了―


江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:品川歩行新宿