【芝①029】神谷町

町番号:芝①029

町名:神谷町

読み方:かみやちょう Kamiyachō

区分:町丁

起立:江戸期

廃止:1977(昭和52)年8月31日(港区町名旧新対照表では1976(昭和51)年9月30日)

冠称:1947(昭和22)年3月15日から「芝」

現町名:港区虎ノ門三、五丁目

概要:飯倉丘陵の北部で西久保の東面する傾斜地に、1614(慶長19)年、家康の13州手廻り中間を務めた者の組屋敷ができた。1616(元和2)年、お供役御免、本丸長屋御門番を務め、その後、1696(元禄9)年、この組屋敷を大縄町屋舗とし、「西久保田町」と唱えていたが、江戸には「田町」という町名が多いので、出身地の三河国八名郡神谷村の昔の名を採って「神谷町」と称するように町奉行から申し渡された。御小人方の拝領した町屋も同様である。1828(文政11)年の家数312軒、うち家持23・家主31・地借68・店借190(町方書上)。長屋や用金屋敷の門番賄役、小普請、寄合医師その他小者や一般市民がいた。現行の虎ノ門五丁目1・2、12・13番と3番の東北部、11番の北部。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1872(明治5)年、出石藩仙石邸を合併。同年の戸数329・人口1,305(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府芝区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市に所属。1908(明治41)年の世帯298・人口1,307。明治初年以降中流以下の住宅がまばらに建つ原野であったといい、明治30年頃には狸もいたとあるが、震災以後中流以上の住宅が混じるようになった。桜田通り沿いの商店も震災後からやや活発になって戦後は都心化が著しくなった。1935(昭和10)年、人口1,764。1943(昭和18)年7月1日、東京都芝区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都港区に所属。

1977(昭和52)年9月1日、住居表示の実施により、虎ノ門三、五丁目に編入となり消滅(港区町名旧新対照表では1976(昭和51)年10月1日)。

撮影場所:神谷町

撮影地:港区虎ノ門五丁目2番5号(神谷町MTコート TSUTAYA神谷町駅前店)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:品川歩行新宿