【南豊島】渋谷広尾町

町名:渋谷広尾町

読み方:しぶやひろおちょう Shibuya-Hiroochō

区分:町丁→大字

起立:1664(寛文4)~1668(寛文8)年

廃止:1927(昭和2)年12月31日

冠称:「渋谷」

現町名:渋谷区広尾一、三、五丁目、東一、三丁目、恵比寿一丁目、恵比寿西一丁目、恵比寿南一丁目、道玄坂二丁目

概要:古くは渋谷村のうち。1664(寛文4)~1668(寛文8)年、村内に初めて町屋が許され、1713(正徳3)年に町奉行支配となった。その際、古川の広尾橋を挟んだ麻布側にも麻布広尾町が発足。家数は208軒(町方書上)。里俗「大広尾」と呼ばれる。麻布広尾町続地をはじめ、中・下渋谷村と下豊沢村の6ヶ所に散在した。赤羽川に大板橋が架設されていた。町内反別2町6反6畝3歩。「広尾」の地名は、荻生徂徠によれば、『和名抄』の「豊島郡広岡」とするが、渋谷は古くは荏原郡であったので不明(画報)。『青山渋谷絵図』では「廣尾百姓町」とある。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1870(明治3)年1月25日、渋谷広尾町が渋谷広尾町、渋谷上広尾町渋谷下広尾町に分離。1872(明治5)年の戸数49・人口169(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府麻布区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府南豊島郡渋谷村大字渋谷広尾町となる。1896(明治29)年4月1日、東京府豊多摩郡渋谷村大字渋谷広尾町となる。1909(明治42)年1月1日、東京府豊多摩郡渋谷町大字渋谷広尾町となる(大字下渋谷字四反町、字広尾向、字長谷戸にもなったか)。

1928(昭和3)年1月1日、帝都復興計画の一環により、主に東京府豊多摩郡渋谷町大字下通四丁目に編入となり消滅(江戸期に点在していた他の場所はいつの間にかに周りの小字に吸収されて消滅したようで、古川の渋谷橋南詰からの駒沢通り、恵比寿駅を越えた部分までの大繁華通りだけが町名を保持していた模様。そのため、後身は「主に下通四丁目」のみとした)。なお、『大江戸今昔めぐり』によると、道玄坂にも存在している。

辛うじて「広尾」の名は、渋谷区元広尾町が受け継ぐことになり、1966(昭和41)年7月1日には範囲を拡げ、渋谷区広尾一~五丁目までの起立となった。なお、元広尾町となったのは現・広尾五丁目の一部。

撮影場所:渋谷広尾町

撮影地:渋谷区恵比寿西一丁目1番2号(ソフトバンク恵比寿 恵比寿駅前交差点北側)

仲町 渋谷下広尾町

江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。