【北豊島】雑司ヶ谷鬼子母神町

町名:雑司ヶ谷鬼子母神町

読み方:ぞうしがやきしもじんちょう又はぞうしがやきしもしんちょう Zōshigaya-Kishi-Mojinchō or Zōshigaya-Kishi-Moshinchō

区分:町丁

起立:1869(明治2)年

廃止:1872(明治5)年7月

冠称:「雑司ヶ谷」

現町名:豊島区雑司が谷三丁目

概要:前身は雑司ヶ谷鬼子母神門前。豊島郡雑司ヶ谷村のうち。鬼子母神社地門前で水茶屋渡世の家が2・3軒あったが、家作も増え、1710(宝永7)年に門前町屋が許され、1745(延享2)年に町方支配となって、「雑司ヶ谷鬼子母神門前」と唱えた。化政期(1804~1830年)の家数11軒(町方書上)。

前身の雑司ヶ谷鬼子母神門前として、明治元年11月5日(1868年12月18日)又は明治元年11月14日(1871年12月25日)、東京府豊島郡に所属。1869(明治2)年、「雑司ヶ谷鬼子母神町」と改称し起立。1872(明治5)年7月、雑司ヶ谷本染寺町とともに豊島郡雑司ヶ谷町に編入となり消滅。現行の雑司が谷三丁目の一部。

「鬼」の漢字は上部の「ちょん」がないのが正しい。これは鬼子母神が釈尊に諭されて改心したので、角が外れたためという伝説による。また、読み方は「きしもじん」若しくは「きしもしん」が正しい。「きしぼじん」、「きしぼしん」ではない。

撮影場所:雑司ヶ谷鬼子母神町

撮影地:豊島区雑司が谷三丁目19番10号(ツジヤ)

雑司ヶ谷桺町 雑司ヶ谷本染寺町

江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。