【京橋②】八丁堀北紺屋町

町名:八丁堀北紺屋町

読み方:はっちょうぼりきたこんやちょう Hatcōbori-Kita-Konyachō

区分:町丁

起立:江戸期

廃止:1869(明治2)年

冠称:「八丁堀」

後身:八丁堀仲町

現町名:中央区八丁堀二丁目

概要:「はっちょうぼりきたこうやちょう」ともいう。北紺屋町の名称は京橋・芝口等に見られるが、八丁堀北紺屋町も京橋の北紺屋町の代地の1つ。江戸初期、「八丁堀」と俗称される一帯は寺社地。寛永年間(1624~1645年)、下谷・浅草(ともに台東区)方面へ寺院を移転させ、武家地・町奉行組与力屋敷となったが、享保年間(1716~1735年)に京橋の北紺屋町の代地となった(画報・府志料)。町内は「わらかし道明横町」と俗称されていた。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、隣接の町とともに八丁堀仲町に編入となり消滅。現行の八丁堀二丁目のうち。

撮影場所:八丁堀北紺屋町

撮影地:中央区八丁堀二丁目25番9号(トヨタ八丁堀ビル)

八丁堀金六町 汐留町

江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。