【四谷②】鮫河橋千日谷町
町名:鮫河橋千日谷町
読み方:さめがはしせんにちだにまち又はさめがはしせんにちやまち Samegahashi-Sennnichidanimachi or Samegahashi-Sennnichiyamachi
区分:町丁
起立:江戸期
廃止:1693(元禄6)年か1696(元禄9)年
冠称:「鮫河橋」
後身:元鮫河橋南町
現町名:新宿区南元町
概要:元鮫河橋南町の古名。詳細は元鮫河橋南町を参照のこと。「千日谷」は江戸期の俗称でもあった。「せんにちや」とも呼んだ。「千日寺」という浄土宗永固山一行院付近一帯の窪地、つまり「鮫ヶ橋町西の行留まり、信濃町に上る坂口までの谷間の町を千日谷という」(事跡合考)。大和櫛羅藩永井氏の家臣が出家、この坂道に庵を結んで念仏修行に励み、後に一行院を創建して千日不退転の常念仏を結願したが、その際、千日の供養を勤めた。「これ江戸において、千日回向のはじまりなりしゆえ、御城下の男女参詣群集したり、これによりて千日谷と俗唱したり」(事跡合考)。
撮影場所:鮫河橋千日谷町
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