【本所②】南本所番場町
町名:南本所番場町
読み方:みなみほんじょばんばちょう Minami-Honjo-Bambachō
区分:町丁
起立:宝永年間(1704~1711年)
廃止:1879(明治12)年
冠称:「南本所」
後身:本所番場町
現町名:墨田区本所一丁目、東駒形一・二丁目
概要:葛飾郡西葛西領のうち。古くは鷭場であった所で万治年中(1658~1661年)に田畑収公となり、生活上から無届建築の借家を造って店賃を稼いだため、家作禁止となったが、宝永年間(1704~1711年)に許可を得て町並地となり、本所唯一の商業区として栄えた(備考・画報)。町奉行・代官両支配家数は115軒(町方書上)。
慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。町内南部を「南横町」と俗称(備考)。1872(明治5)年、周辺の武家地・諸寺院を当町に合併。当時の戸数203・人口695(府志料)。1878(明治11)年11月2日、本所区に所属。1879(明治12)年に北本所番場町と合併して本所番場町となり消滅。現行の本所一丁目、東駒形一・二丁目のうち。
※『角川日本地名大辞典』には「現行の本所1~2丁目・東駒形1丁目のうち」とあるが間違い。
撮影場所:南本所番場町
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