【牛込 横町(横丁)】本多修理屋敷脇横町通リ

横町(横丁)名:本多修理屋敷脇横町通リ

読み方:ほんだしゅうりやしきわきよこちょうどおり Honda-Shūri-Yashiki-Waki-yokochō-dōri

区分:横町(横丁)

成立:江戸期

廃止:不明

現町名:新宿区神楽坂三・四丁目

概要:現・本多横丁。江戸中期から明治初期まで、東側全域が旗本の本多家の邸地であったことで「本多修理屋敷脇横町通リ」と呼ばれた。その当時から「本多横丁」と呼ばれていたかどうかは不明。『御府内沿革図書第十一巻』切絵図説明に、「本多修理屋敷脇横町通リ」とある。なお、本多家は碌高1万5百石の大名格であった。1949(昭和24)年頃、「スズラン横丁」に名称変更。その後、定着しなかったこともあり、1952(昭和27)年頃に復活。

明治以降、神楽坂界隈は縁日と花柳界で知られ、関東大震災後より昭和初期には連日の夜店で賑わったことで「山の手銀座」と呼ばれた。太平洋戦争では米軍の空襲によって壊滅的な打撃を受けたが、その後見事に復興した。芸者新道と交差する。

撮影場所:本多修理屋敷脇横町通リ

撮影地:新宿区神楽坂三丁目2番地61号(大宗第二ビル 北のプレミア厶フード館)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:品川歩行新宿