【京橋①053】入船町

町番号:京橋①053

町名:入船町 一~八丁目

読み方:いりふねちょう Irifunechō

区分:町丁

起立:1868(明治元)年

廃止:存続 「入船」として

冠称:なし

現町名:中央区入船一~三丁目、新富一・二丁目、明石町

概要:江戸期には近江彦根藩井伊氏の蔵屋敷をはじめとする武家地で八丁堀に属していたが、1868(明治元)年、築地外国人居留地を設置する際、入船町一~九丁目を起立。町名は両側に入船川の堀割があったことによる。

東京府に所属。1872(明治5)年の戸数385・人口892(府志料)。1871(明治4)年に六~九丁目は居留地に編入され、五丁目までとなったが、同年合引橋川北角埋立地に六丁目、居留地付近に七丁目を起立。1873(明治6)年、居留地を七丁目(旧六・七丁目)とし、旧八・九丁目を八丁目とした。

1878(明治11)年11月2日、東京府京橋区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市京橋区に所属。1899(明治32)年、居留地の撤廃により、七・八丁目は明石町に編入。入船町は一~六丁目となる。

1932(昭和7)年、帝都復興計画の一環により、南八丁堀二・三丁目、新栄町一~五丁目の一部を編入、同時に明石町に一部を編入し、入船町一~三丁目となる。1943(昭和18)年7月1日、東京都京橋区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都中央区に所属。

住居表示の実施により、1966(昭和41)年7月1日に三丁目の一部を明石町に編入、1971(昭和46)年1月1日には入船一~三丁目と新富一・二丁目に再編される。

撮影場所:入船町四丁目

撮影地:中央区入船三丁目6番14号(入船湯)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。