【芝①020】兼房町

町番号:芝①020

町名:兼房町

読み方:けんぼうちょう Kenbōchō

区分:町丁

起立:文政年間(1818~1830年)

廃止:1932(昭和7)年11月30日

冠称:なし

現町名:港区新橋二丁目3~5、10~14番

概要:「カネフサ丁、金房町(寛文図・延宝江戸方角安見図)」、「けんほう丁(寛永9年武州豊島郡江戸庄図)」とも書く。幸橋御門外の町域となった所に続く土地に、文政年間(1818~1830年)当時の名主平十郎の先祖であった平左衛門が開いて「兼房町」と称したという。現行の新橋二丁目3~5番と12番の東半。『町方書上』によると、町名の由来は不明。『新編武蔵』『画報』は平左衛門の姓が「兼房」であったとする。1828(文政11)年の総家数133軒、うち家持5・家主17・地借27・店借84(町方書上)。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1872(明治5)年、旧幕臣松平兵部邸地を編入。同年の戸数103・人口441、物産として股引、足袋、筆がある(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府芝区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市芝区に所属。

1932(昭和7)年12月1日、帝都復興計画の一環により、田村町二丁目に編入となり消滅。現行の新橋二丁目3~5、10~14番のうち。

撮影場所:兼房町

撮影地:港区新橋二丁目13番5号(三洋堂別館)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。