【浅草①048】浅草南松山町

町番号:浅草①048

町名:浅草南松山町

読み方:あさくさみなみまつやまちょう Asakusa-Minami-Matsuyamachō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:1964(昭和39)年9月30日

冠称:1911(明治44)年5月1日から1947(昭和22)年3月14日までを除く期間と1964(昭和39)年9月30日まで「浅草」

現町名:台東区元浅草四丁目

概要:江戸初期は沼地であったが、元和年間(1615~1624年)以後埋め立てて、寺地とされた。前身は浅草正覚寺門前、浅草正行寺門前、浅草本立寺門前、浅草成就院門前等々で、「浅草新寺町」と呼ばれていた地域。この地は正保年間(1644~1647年)の頃から寺地として発展した。

1869(明治2)年、正行寺、正覚寺、成就寺等、15ヶ寺を併せ、浅草松山町が起立。1871(明治4)年、新寺通り(現在の浅草通り)で南北に2分された。次いで、1872(明治5)年、町名に南北を冠し、浅草南松山町、浅草北松山町が誕生する。成立時の戸数92・人口396(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府浅草区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市浅草区に所属。

1936(昭和11)年、帝都復興計画の一環により、起立の菊屋橋二丁目に東側の大部分を割譲し、町域は従来の半分となった。1943(昭和18)年7月1日、東京都浅草区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都台東区に所属。

1964(昭和39)年10月1日、住居表示の実施により、残部が先に菊屋橋二丁目に編入された地域とともに元浅草四丁目に編入となり消滅。

撮影場所:浅草南松山町

撮影地:台東区元浅草四丁目10番6号(ローソン台東元浅草四丁目店)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。