【浅草①056】浅草北松山町

町番号:浅草①056

町名:浅草北松山町

読み方:あさくさきたまつやまちょう Asakusa-Kita-Matsuyamachō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:1965(昭和40)年7月31日

冠称:1911(明治44)年5月1日から1947(昭和22)年3月14日までを除く期間と1965(昭和40)年7月31日まで「浅草」

現町名:台東区松が谷一丁目

概要:江戸初期は沼地であったが、元和年間(1615~1624年)以後埋め立てて、寺地とされた。前身は浅草東岳寺門前、浅草満泉寺門前、浅草行安寺門前等々で、「浅草新寺町」と呼ばれていた地域。この地は正保年間(1644~1647年)の頃から寺地として発展した。

1869(明治2)年、正行寺、正覚寺、成就寺等、15ヶ寺を併せ、浅草松山町が起立。1871(明治4)年、新寺通り(現在の浅草通り)で南北に2分された。次いで、1872(明治5)年、町名に南北を冠し、浅草南松山町、浅草北松山町が誕生する。成立時の戸数142・人口572(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府浅草区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市浅草区に所属。1943(昭和18)年7月1日、東京都浅草区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都台東区に所属。

1965(昭和40)年8月1日、住居表示の実施により、全域が松が谷一丁目に編入となり消滅。ビルの屋上から通称 “ジャンボコック”が町を見下ろしているあの町が浅草北松山町である(ニイミ洋食器店(松が谷一丁目1番1号))。

撮影場所:浅草北松山町

撮影地:台東区松が谷一丁目1番1号(かっぱ橋道具街南端 ニイミ洋食器店)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。