【神田②】龍閑町

町名:龍閑町

読み方:りゅうかんちょう Ryūkanchō

区分:町丁

起立:慶長年間(1596~1615年)頃

廃止:1869(明治2)年

冠称:なし

後身:千代田町

現町名:千代田区内神田二・三丁目

概要:『江戸切繪圖 : 俚俗 : 内神田・鍛冶町・柳原迄』にある。『日本橋北内神田兩國濱町明細繪圖』では「竜閑町元地」となっている。『大江戸今昔巡り』では竜閑橋北詰東に「竜閑町」、北に町会所附請負地を挟んで「竜閑町元地」とある。

慶長年間(1596~1615年)頃、駿府の井上龍閑が開いた町という。龍閑は「立閑」とも書いた(老談一言記)。龍閑の父、井上新左衛門は竜閑川の竜閑橋北側に住んでおり(寛永江戸図)、大老酒井讃岐守忠勝の婿で勘定頭だったが、不正があり処刑された。神田川の和泉橋と新シ橋(後の美倉橋)の間の柳原土手下に龍閑町代地があった。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、本銀町四軒屋敷や神田新革屋町等と合併し、千代田町の起立となり消滅。代地は鎌倉横町北側代地と合併し、東龍閑町の起立となり消滅。

撮影場所:龍閑町

撮影地:千代田区内神田三丁目2番5号(駐車場)

龍閑町 神田横大工町

江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:市ヶ谷田町下二丁目