【小石川②】小十人町
町名:小十人町
読み方:こじゅうにんちょう Kojūninchō
区分:俗称
起立:江戸期
廃止:1872(明治5)年8月
冠称:なし
現町名:文京区西片一丁目、白山一丁目
概要:椎木稲荷大明神の辺りは万治年間(1658~1661)、小十人町及びその番屋の跡地であった。「小十人町」とは身分こそ低いが、徳川将軍家が江戸から他の地へ行く場合、身辺警護にあたった由緒ある家柄の持主達が住んでいたところの俗称。角地には番屋が建てられており、豊川稲荷が祭られていた。これは豊川稲荷を信仰していた大岡越前守の影響であろうかと推察される。大岡越前守はその下屋敷を高田豊川町(日本女子大学隣)に持っていたが、高田豊川町にも豊川稲荷がある。『御府内備考』には「馬場より北の方一丁余を隔て、南北の小路を云」とあるように小石川馬場を挟んでの武家地をそう呼んだ。1872(明治5)年8月、大部分が小石川指ヶ谷町、残余が小石川柳町に編入となり消滅。
撮影場所:小十人町
0コメント