【浅草②】浅草吾妻町

町名:浅草吾妻町

読み方:あさくさあずまちょう Asakusa-Azumachō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:1873(明治6)年

冠称:「浅草」

後身:浅草馬道町四丁目

現町名:台東区花川戸二丁目

概要:馬道通りの東側、浅草寺二天門に通ずる通りの両側に開けた町域。江戸期は浅草寺境内の子院街であって、俗に「東谷」と呼ばれた。

前身の1つは金剛院門前。金剛院は天台宗金龍山浅草寺の子院で、通称東谷。随神門の前にあった境内778坪。門前町屋は1764(明和元)年に開設を許された。東西6間・南北18間(備考)。1828(文政11)年の棟数1棟、店数9軒(町方書上)。

1872(明治5)年、近隣の子院とともに収公されて起立。1873(明治6)年、浅草寺中上地町屋(浅草寺地上地町屋)という俗称地名が通るようになり自然消滅。1877(明治10)年、浅草馬道町四丁目に編入となった。現行の花川戸二丁目のうち。

撮影場所:浅草吾妻町

撮影地:台東区花川戸二丁目6番5号(東京都立産業貿易センター台東館)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。