【深川②】深川富久町
町名:深川富久町
読み方:ふかがわとみひさちょう Fukagawa-Tomihisachō
区分:町丁
起立:1700(元禄13)年
廃止:1869(明治2)年
冠称:「深川」
後身:深川亀住町
現町名:江東区深川一丁目
概要:元木場町21ヶ町の1つ。切絵図によると仙台堀の南で三河西尾藩松平氏下屋敷に隣接し、丸太橋が架かっていた。1700(元禄13)年に町屋が建設され、1713(正徳3)年には町奉行支配となる(備考)。化政期(1804~1830年)の家数54軒(町方書上)。
慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、深川平野町、深川万年町三丁目、深川三角町と合併し、深川亀住町の起立となり消滅。現行の深川一丁目のうち。
※『角川日本地名大辞典』には「同(明治)2年平野町・万年町3丁目・三角屋敷と合併し、深川亀住町となる」とあるが間違い。
撮影場所:深川富久町
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