【神田①021】神田花房町
町番号:神田①021
町名:神田花房町
読み方:かんだはなぶさちょう Kanda-Hanabusachō
区分:町丁
起立:1725(享保10)年
廃止:1964(昭和39)年11月30日
冠称:1911(明治44)年5月1日~1947(昭和22)年3月14日を除き「神田」
現町名:千代田区外神田一丁目
概要:筋違橋御門外に元地2ヶ所と代地2ヶ所があった。もとは本多下野守、1724(享保9)年からは水野隼人正の屋敷だった。1725(享保10)年、養生所付請負地となり、東南の町屋の区域が神田花房町となった。1793(寛政5)年に類焼、火除地となり繰り下げられて代地2か所が与えられた(備考・東京地理志料)。天明年間(1781~1789年)頃は町内に蔭間屋があった(武江年表)。
慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、元地は神田通船屋敷を合併、代地は神田花田町と田代町に編入。1872(明治5)年の戸数52・人口298(府志料)。
1878(明治11)年11月2日、東京府神田区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市神田区に所属。1943(昭和18)年7月1日、東京都神田区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都千代田区に所属。
1964(昭和39)年12月1日、住居表示の実施により、外神田一、四丁目のそれぞれに編入となり消滅。元来の町域は外神田一丁目2番と15番西側。
撮影場所:神田花房町
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