【神田①054】田代町

町番号:神田①054

町名:田代町

読み方:たしろちょう Tashirochō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:1964(昭和39)年11月30日

冠称:1947(昭和22)年3月15日から1964(昭和39)年11月30日まで「神田」

現町名:千代田区外神田四丁目2~4、11番

概要:嘗ては徒士組屋敷であった。1793(寛政5)年、湯島の無縁坂から出火した大火で神田川周辺にあった町が類焼し、町の一部が火除地となった。翌年、住民に御成道の旗本永井伊織の屋敷跡を代地として与えられて移転。そのため、この一帯は神田地区の代地が集まっており、この付近は俗に「神田代地」又は「須田町代地」と呼ばれていた。

1869(明治2)年、須田町二丁目代地、神田小柳町三丁目代地、松下町一丁目代地、神田花房町代地と用達商人染物屋伊佐衛門拝領地、樽屋三右衛門拝領屋敷を加え、江戸期の俗称「神田代地」を略して「神代町」として起立。しかし、「神代とは畏れ多い」ということから、1872(明治5)年に「田代町」と改称する。同年の戸数75・人口327(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府神田区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市神田区に所属。1943(昭和18)年7月1日、東京都神田区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都千代田区に所属。町内の路地裏には花房稲荷神社がある。現在の社は戦後、地元住民が再建したものだが、神社そのものは江戸時代からこの地にあったとされ、古くから地域のシンボルとして人々に親しまれている。

1964(昭和39)年12月1日、住居表示の実施により、周辺の町の一部と合併し、外神田四丁目に編入となり消滅。

撮影場所:田代町

撮影地:千代田区外神田四丁目3番1号(秋葉原西口ビル)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。