【神田①091】神田新銀町

町番号:神田①091

町名:神田新銀町

読み方:かんだしんしろがねちょう Kanda-Shin-Shiroganechō

区分:町丁

起立:寛文年間(1661~1673年)以前

廃止:1935(昭和10)年

冠称:1911(明治44)年4月30日まで「神田」

現町名:千代田区神田司町二丁目4、7、14、16番地、神田多町二丁目3、5番地と神田司町二丁目2番地南西以外、6番地東、8番地南東、12番地東、神田多町二丁目9番地西側

概要:筋違橋御門内南側、神田多町西側にあった(切絵図)。寛文年間(1661~1673年)以前の成立。銀町に対して「新」の字が冠せられたもの。寛政年中(1789~1801年)から幕末まで御青物役所があった。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、町内北側と神田横大工町北側を併せ、南側は神田蝋燭町に編入された。1872(明治5)年の戸数442・人口1,642(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府神田区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市神田区に所属。

1933(昭和8)~1935(昭和10)年、帝都復興計画の一環により、多町二丁目、司町二丁目のそれぞれに編入となり消滅。

撮影場所:神田新銀町

撮影地:千代田区神田多町二丁目3番地11(一八稲荷神社)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。