【深川①007】深川諸町

町番号:深川①007

町名:深川諸町

読み方:ふかがわもろちょう Fukagawa-Morochō

区分:町丁

起立:1695(元禄8)年か

廃止:1931(昭和6)年

冠称:1911(明治44)年4月30日まで「深川」

現町名:江東区永代一丁目

概要:隅田川下流の東岸に位置していた。1629(寛永6)年、開発の深川猟師町8ヶ町の1つ。古くは葛飾郡西葛西領のうち。町名ははじめ開発者の名を採って、「彦左衛門町」といった。1695(元禄8)年の検地後、彦左衛門の姓を採って「深川諸町」となったというが(備考)、寛文・延宝両江戸図とも「ムロ丁」と記してある。開発当初は無年貢地であったが、1670(寛文10)年の検地後、深川猟師町8ヶ町で年貢を納めるようになった。1713(正徳3)年から町奉行・代官両支配となる(備考)。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、深川相川町の飛地である深川相川半町を合併。東の油堀の河岸地を「巽河岸」と称した(画報)。1872(明治5)年の戸数157・人口605(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府深川区に所属。1880(明治13)年に開設された深川魚市場の一画を形成(案内)。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市深川区に所属。

1931(昭和6)年、帝都復興計画の一環により、永代一丁目に編入となり消滅。

撮影場所:深川諸町

撮影地:江東区永代一丁目11番11号(中華そばおはる)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。