曳舟川通り以南

曳舟川との交差地点を越えると写真の両側は同じ町名になってしまう。墨田区押上二丁目だ。

ただそうなっても一緒、右は本所区向島請地町。秋葉神社の北辺りまでは向島須崎町で、そこからは向島請地町となる。左は南葛飾郡寺島村大字寺島字新田、吾嬬村大字請地字台ノ下、字上水向と来て、最後は字古川端となる。

何度も書くが、この道の1本西を走る古隅田川(請地古川)とその左岸側河川敷が武蔵国豊島郡(その後葛飾郡)、そしてその東が下総国葛飾郡(その後武蔵国南葛飾郡)であったことは動かしようのない事実なのだ。

左は高木神社。


高木神社のすぐ向こうには飛木稲荷神社がある。


東武と京成が仲良く(?)走る。東武は高架だが、京成はまだ踏切のまま。古隅田川(請地古川)はこの踏切ではなく、その西を通っていった。踏切を渡ると、新あづま通りという道になり、四ツ目通りとの押上三丁目交差点に出る。…が、ここから先は古隅田川(請地古川)の川跡を辿るから、一旦線路の北まで戻ることにする。


ってことで線路北側に戻り、踏切の1つ西側である古隅田川(請地古川)の川程に移った。2つ前の写真の踏切の位置より50~60m南西。請地古川はこの工事の防護壁と電車の線路を越えて南東に流れていた。


で、また、鉄道の線路を越えたところに移動。1つ前の写真の線路を挟んだ対面ね。なお、戦後暫くまで、背中側には東武伊勢崎線の請地駅、京成押上線の京成請地駅があった。

ここからは川筋を辿る。道の両側の町名は左右とも押上一丁目。ただし、右は本所区向島請地町、左は南葛飾郡吾嬬村大字請地字古川端(1889(明治22)年5月1日から。その前までは南葛飾郡請地村)。


ここで四ツ目通りとぶつかる。四ツ目通りの「四ツ目」とは竪川の四之橋のこと。四ツ目通り、右に行けば東京スカイツリー、錦糸町、住吉、東陽町。左に行けば八広。

朝から何も食べてないから、北十間川の京成橋南詰にある熱烈中華食堂日高屋押上四ツ目通店へ。以前はマクドナルド押上駅前店だったとこね。ってことで撮影中断。


四ツ目通りまでの道程を振り返ろう。右の濃い青いのが道程、左の水色が古隅田川(請地古川)の流路跡。写真の順番を追うと、踏切を渡って一旦矢印の先の押上三丁目交差点まで行き、もう一度踏切を渡り直して、流路跡の南の行き止まりまで戻り、また踏切を渡って線路で遮断された流路跡の北端に戻った。伝わるかな??


江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。