【神田①081】神田錦町

町番号:神田①081

町名:神田錦町 一~三丁目

読み方:かんだにしきちょう Kanda-Nishikichō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:存続

冠称:1911(明治44)年5月1日~1947(昭和22)年3月14日を除き「神田」

現町名:千代田区神田錦町一~三丁目、神田小川町二丁目

概要:江戸期は神田橋御門外と一橋御門外の武家地で、伊勢神戸藩本田氏、越前敦賀藩酒井氏、信濃飯山藩本田氏上屋敷、三番原(新駒ヶ原)といわれた火除地、曲木家預りの厩、勘定奉行役宅等であった。町名は嘗て一色姓の屋敷が2家並んでいたことから、俗に「二色町」、「錦小路(二色小路)」(現・一丁目と二丁目の間の道)と呼ばれていたことに因む(東京地理志料)。「錦」とは、旗本の一色氏(三河国一色荘が本貫)。

1872(明治5)年、起立。同年の戸数128・人口602(府志料)。1878(明治11)年11月2日、東京府神田区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市神田区に所属。明治30年代の町内には、神田区役所、神田警察署等の他、東京外語学校、東京府高等女学校、東京英語専修学校、錦城中学校等の学校や私塾、教育雑誌社等の出版社、印刷所、東京内科病院他の病院、東京瓦斯株式会社、パン屋の木村屋、集会演説貸席の錦輝館、昌平館、榎本館他の旅館等があった(画報)。

帝都復興計画の一環により、1933(昭和8)年に一・二丁目の北側が小川町二丁目に編入され、1935(昭和10)年には三丁目の一部が二丁目に編入される。1943(昭和18)年7月1日、東京都神田区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都千代田区に所属。

撮影場所:神田錦町三丁目

撮影地:千代田区神田錦町三丁目14番地(神田錦町更科)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:品川歩行新宿