【神田①082】淡路町

町番号:神田①082

町名:淡路町 一・二丁目

読み方:あわじちょう Awajichō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:存続

冠称:1947(昭和22)年3月15日から「神田」

現町名:千代田区神田淡路町一・二丁目、神田小川町一丁目、神田駿河台三・四丁目

概要:1872(明治5)年、昌平橋内の備後福山藩阿部邸、豊後府内藩松平邸跡地に起立。町名の由来は二丁目にある淡路坂より。淡路坂の坂名の由来は坂上に鈴木淡路守の屋敷があったことから。しかしその屋敷は淡路町内ではなかった。起立時は町内の殆どが華族である大給近道の屋敷地だった(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府神田区に所属。明治10年代に商店街を形成。坪内逍遥の『当世書生気質』によれば、1887(明治20)年まで一丁目の裏通りに楊弓店が軒を並べ、矢場女が客を引いていた。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市神田区に所属。明治30年代の町内には開成中学校、万世倶楽部、西洋料理店多加羅亭、江木写真店、西洋食品店亀屋等があった(画報)。1904(明治37)年、町内の南側に市電開通(1967(昭和42)年都電撤去)。関東大震災で町は全焼した。

1933(昭和8)年、帝都復興計画の一環により、一丁目の一部を小川町と駿河台三丁目に、二丁目の一部を駿河台四丁目に編入。同時に連雀町佐柄木町の各一部を合併。第二次世界大戦の空襲でまたもや町は全焼した。1943(昭和18)年7月1日、東京都神田区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都千代田区に所属。

撮影場所:淡路町二丁目

撮影地:千代田区神田淡路町二丁目9番地(Cave Bar 紅梅河岸)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。