【麻布①016】麻布宮下町

町番号:麻布①016

町名:麻布宮下町

読み方:あざぶみやしたちょう Azabu-Miyashitachō

区分:町丁

起立:江戸期

廃止:1981(昭和56)年

冠称:1911(明治44)年5月1日~1947(昭和22)年3月14日を除き「麻布」

現町名:港区麻布十番一丁目

概要:1709(宝永6)年、坊主陸尺の大縄町屋敷となり、1713(正徳3)年に町奉行支配となる。氷川神社の下に位置したことからこの名称が付いた。里俗に「末広」といったのは当地に末広稲荷があったため(備考)。他に「稲荷前」とも呼ばれていた。但し、稲荷の在った港区麻布十番二丁目4番1号は麻布坂下町町域。末広神社は空襲で消失し、現在では十番稲荷に合祀されている。もとは麻布領麻布村のうち、氷川神社暗闇坂の辺りにあった。八重葎(やえむぐら)の茂る草地だったそうだ。化政期(1804~1830年)の家数179軒、うち地借家主28・地借16・店借125(町方書上)。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1872(明治5)年の戸数137・人口596(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府麻布区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市麻布区に所属。1943(昭和18)年7月1日、東京都麻布区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都港区に所属。

1962(昭和37)年10月1日、麻布地区の地番整理により、麻布網代町麻布坂下町の各全域と、麻布宮下町麻布新網町麻布南日ヶ窪町麻布宮村町麻布一本松町麻布山元町麻布新広尾町の各一部をもって、現行の麻布十番一~三丁目が編成されたが、当町の一部は一丁目に編入となった。

1978(昭和53)年9月1日、住居表示の実施により、残余の大部分が麻布十番一丁目に編入となり、また最後の最後まで存続していた地域も1981(昭和56)年に麻布十番一丁目5番となり消滅。

撮影場所:麻布宮下町

撮影地:港区麻布十番一丁目5番13号(ニュー高雄ハイツ 麻布十番ろまん亭)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。