【牛込①049】牛込若松町

町番号:牛込①049

町名:牛込若松町

読み方:うしごめわかまつちょう Ushigome-Wakamatsuchō

区分:町丁

起立:1705(宝永2)年

廃止:存続

冠称:1911(明治44)年4月30日まで「牛込」

現町名:新宿区若松町

概要:古くは豊島郡野方領牛込村に属し、立花主膳正の屋敷があったが、1699(元禄12)年に現在の若松町交差点付近に商家が開け、1705(宝永2)年に町奉行支配となり、「牛込若松町」と称した。町名の由来は、当町から正月用の若松を江戸幕府に献上した故事に因む(備考)。1828(文政11)年の家数78軒(町方書上)。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1872(明治5)年、御用屋敷東側、大久保氏上地と近隣の武家地を併合。同年の戸数126・人口605(府志料)。1873(明治6)年に牛込原町三丁目、河田町の各一部を併合。

1878(明治11)年11月2日、東京府牛込区に所属。1880(明治13)年、豊多摩郡下戸塚村の一部を併合。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市牛込区に所属。同年、陸軍砲工学校が設置され、「要路に当たるを以て漸次繁昌を加えたり」(画報)。1931(昭和6)年、帝都復興計画の一環により、牛込原町から一部を編入。1943(昭和18)年7月1日、東京都牛込区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都新宿区に所属。

住居表示の実施により、1981(昭和56)年6月1日に一部分(道路のみ)が戸山に編入、1982(昭和57)年7月5日は、若松町の大部分と原町三丁目の一部と、戸山町(道路のみ)、余丁町(道路のみ)、河田町(道路のみ)の各一部が若松町に、1986(昭和61)年2月24日には一部(道路のみ)が河田町に編入となる。

撮影場所:牛込若松町

撮影地:新宿区若松町29番7号(若松歯科医院)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。