【牛込①062】牛込西五軒町

町番号:牛込①062

町名:牛込西五軒町

読み方:うしごめにしごけんちょう Ushigome-Nishi-Gokenchō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:存続

冠称:1911(明治44)年4月30日まで「牛込」

現町名:新宿区西五軒町

概要:豊島郡峡田領小日向村の沼地を承応年間(1652~1654年)から牛込村の助右衛門らに埋立を始めさせ、1659(万治2)年に小日向馬場が完成(場所は6番・11番の細長い区域で小日向馬場東屋敷に接していた)。その功をもって埋立用の土取りをした跡地を5人に給し、「牛込五軒町」と称した(備考)。小日向馬場築造の際、従来の四斗樽と差し合い籠に代わって両掛け持ちの籠や大八車が使われた。町の西に1745(延享2)年に町方支配となった宝蔵院門前があった。1828(文政11)年の家数25軒(町方書上)。

1872(明治5)年、牛込五軒町が小日向馬場、牛込宝蔵院門前、備前浅尾藩蒔田邸、その他の武家地を併合して「牛込西五軒町」と改称。同年、小日向馬場東隣の武家地を「牛込東五軒町」とした。このときから牛込地区となった。同年の戸数125・人口406(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府牛込区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市牛込区に所属。1902(明治35)年から一時期、神田川沿いに中国人留学生に日本語教育を行う弘文学院があった。1943(昭和18)年7月1日、東京都牛込区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都新宿区に所属。

住居表示の実施により、1982(昭和57)年7月5日に一部(道路のみ)を東五軒町に編入し、1989(平成元)年11月6日には西五軒町の大部分、赤城元町(道路のみ)、築地町(道路のみ)、水道町(道路のみ)の各一部を併せた町域を現行の「西五軒町」とした。

※『角川日本地名大辞典』には「もと牛込五軒町・小日向馬場・宝蔵院門前・小日向馬場先片町…」とあるが、小日向馬場先片町牛込築地町に編入となった。

撮影場所:牛込西五軒町

撮影地:新宿区西五軒町1番12号(真清浄寺)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。