【小石川①061】関口駒井町

町番号:小石川①061

町名:関口駒井町

読み方:せきぐちこまいちょう Sekiguchi-Komaichō

区分:町丁

起立:1624(寛永元)年

廃止:1966(昭和41)年12月31日

冠称:「関口」

現町名:文京区関口二丁目

概要:古くは豊島郡関口村の畑地。1624(寛永元)年に町屋が許され、以後町奉行・代官の両支配となる(備考)。町名は隣接する目白不動の門前に駒店があったことによると思われる(画報・案内)。南側の崖下には神田上水が流れ、北へ上る坂は「目白坂」と呼ばれていた。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1871(明治4)年7月、関口新長谷寺門前(関口新長谷町)、関口大泉寺門前(関口大泉町又は関口大泉寺門前町)と付近の武家地を合併。同年の戸数38・人口133(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府小石川区に所属。江戸期に文人の往来も多く賑わい、「目白不動」とも称された新義真言宗東豊山長谷寺は幕末頃衰微したが、1885(明治18)年に釈雲照師により目白僧園が起こされ、往時の繁栄を取り戻した。同僧侶の死亡後は再び衰え、さらに第二次大戦により完全に廃寺となり、豊島区高田本町の金乗寺に合併された。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市小石川区に所属。1943(昭和18)年7月1日、東京都小石川区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都文京区に所属。

1967(昭和42)年1月1日、住居表示の実施により、関口二丁目に編入となり消滅。

撮影場所:関口駒井町

撮影地:文京区関口二丁目3番15号(大泉寺)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:市ヶ谷田町下二丁目