【浅草①020】浅草南富坂町

町番号:浅草①020

町名:浅草南富坂町

読み方:あさくさみなみとみさかちょう Asakusa-Minami-Tomisakachō

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:1941(昭和16)年

冠称:1911(明治44)年4月30日まで「浅草」

現町名:台東区蔵前三・四丁目

概要:1817(文化14)年に小石川富坂町()が類焼した際、その代地として翌年2月に給された町域で、通称「堀田ヶ原」の一部。「小石川富坂町代地」と称した。化政期(1804~1830年)の家数483軒(町方書上)。1838(天保9)年に「浅草富坂町」と改称。

前身の浅草富坂町として、慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1872(明治5)年、南北に二分されて起立。その際、浅草福富町二丁目の一部、西福寺裏通りの武家地を併合。当時の戸数48・人口208(府志料)。新堀川北岸の東西に細長い町域であった。

1878(明治11)年11月2日、東京府浅草区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市浅草区に所属。

1941(昭和16)年、帝都復興計画の一環により、東半部が桂町、西半部が三筋町一丁目、蔵前二丁目に編入となり消滅。現行の蔵前三丁目、蔵前四丁目の各一部。

※『角川日本地名大辞典』は「東半部が桂町、西半部が三筋町1丁目の各一部となる」とあるが、蔵前二丁目(当時)もである。

撮影場所:浅草南富坂町

撮影地:台東区蔵前四丁目15番9号(台東区立精華公園北側)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:寺島村大字寺島字前沼