【浅草①031】浅草栄久町

町番号:浅草①031

町名:浅草栄久町

読み方:あさくさえいきゅうちょう Asakusa-Eikyūchō

区分:俗称→町丁

起立:江戸期

廃止:1941(昭和16)年

冠称:1911(明治44)年4月30日まで「浅草」

現町名:台東区寿一・二丁目、蔵前四丁目

概要:1850(嘉永3)年の古地図で町名が見られるが当時は俗称であったものと考えられる。1869(明治2)年5月、浄念寺、東漸寺、天台龍宝寺、善照寺、常福寺、実相寺、本法寺、浄土宗龍宝寺以上の8ヶ寺の門前町を併せて正式に起立。次いで1872(明治5)年には山本屋敷、金六屋敷及隣接の武家地、寺社地を合併して町域を定めた。町名の由来は不詳だが、恐らく嘉字を選んで当てたものであろう。「町域広くして一万八千坪」(浅草区史)で、当時の戸数266・人口998(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府浅草区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市浅草区に所属。

帝都復興計画の一環により、1936(昭和11)年に北半部が菊屋橋一・二丁目の一部に、1941(昭和16)年には南半部が三筋一・二丁目、桂町に編入となり消滅。現在の寿一・二丁目の西側、蔵前四丁目のうち。

※『角川日本地名大辞典』では「昭和11年北半部が菊屋橋1~2丁目の一部、同16年、南半部が三筋町1~2丁目の一部となった」とあるが、桂町もである。

撮影場所:浅草栄久町

撮影地:台東区寿二丁目7番6号(永見寺)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。