【浅草①061】浅草新谷町

町番号:浅草①061

町名:浅草新谷町

読み方:あさくさしんたにまち Asakusa-Shintanimachi

区分:町丁

起立:1872(明治5)年

廃止:1965(昭和40)年7月31日

冠称:1911(明治44)年5月1日から1947(昭和22)年3月14日までを除き「浅草」

現町名:台東区西浅草三丁目、千束一丁目

概要:この地は「浅草田圃」といわれた沼沢地であったが、1656(明暦2)年、伊予大洲藩加藤家の分家で伊予新谷藩加藤家1万石の上屋敷となった。

1872(明治5)年に幕府の旧旗本小笠原帯刀宅跡と近隣の寺社地や畑地を併せて起立。町名は加藤家の旧領伊予の「新谷」から採って命名。藩名は「にいや」だが、町名は何故か「しんたに」である。同年の戸数11・人口42(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府浅草区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市浅草区に所属。1891(明治24)年に浅草吉野町飛地を合併。1936(昭和11)年、南部は町域を拡大する芝崎町の二・三丁目に編入となって町域を狭め、旧加藤邸ぐらいの狭い町となった。1943(昭和18)年7月1日、東京都浅草区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都台東区に所属。

1965(昭和40)年8月1日、住居表示の実施により、残部が千束一丁目に編入となり消滅。当町はその大部分が東京都交通局新谷町営業所であったが、現在は台東区立金竜小学校の校舎が建っている。

撮影場所:浅草新谷町

撮影地:台東区西浅草三丁目27番10号(萬隆寺)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。