【本所①058】向島押上町

町番号:本所①058

町名:向島押上町

読み方:むこうじまおしあげちょう Mukōjima-Oshiagechō

区分:町丁

起立:1891(明治24)年3月

廃止:存続 「押上」として

冠称:1964(昭和39)年6月30日まで「向島」

現町名:墨田区押上一・二丁目

概要:1889(明治22)年に東京府南葛飾郡から東京市本所区に編入された地域のうち、1891(明治24)年3月に押上村字居村向耕地の内、飛地字居村向の内、中之郷村字四ッ谷の内、請地村字一貫田、小梅村字八反目の内の一部が合併して起立。町名は押上村村域が大部分を占めていたためであろうと思われる。北十間川の北に位置していた。1943(昭和18)年7月1日、東京都本所区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都墨田区に所属。

1964(昭和39)年7月1日、住居表示の実施により、向島中之郷町と向島押上町の全部、小梅一丁目、向島請地町、吾嬬町西一・二丁目、寺島町四丁目の各一部を併せて現行の押上一・二丁目とし、1965(昭和40)年、寺島町四丁目、吾嬬町西一丁目の各一部を二丁目に編入、吾嬬町西一・二丁目の各一部を併せた町域を現行の押上三丁目とした。飛地が亀戸村内にあったが現在は東京都江東区亀戸一・二丁目となっている。

※『角川日本地名大辞典』には「町内には天租神社の他、天松山彗到院最教寺、日蓮宗長養山春慶寺、浄土宗長行山大雲寺、天台宗弘誓山徳正寺等があった」とあるが、これらは全て北十間川南側の押上町のうちにあるので間違い。

撮影場所:向島押上町

撮影地:墨田区押上一丁目9番地先(東武鉄道押上踏切)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:寺島村大字寺島字前沼