【下谷②】谷中感応寺古門前町

町名:谷中感応寺古門前町

読み方:やなかかんのうじふるもんぜんまち Yanaka-Kennōji-Furu-Monzemmachi

区分:町丁

起立:江戸期

廃止:1833(天保4)年

冠称:「谷中」

後身:谷中天王寺古門前町

現町名:台東区谷中六丁目

概要:1702(元禄15)年、谷中感応寺新門前町ができたので「谷中感応寺古門前町」と唱えた。「谷中感応寺古門新町」ともいった。4ヶ所に分かれているがその由来は不明。俗に西を冠して称した。『御府内備考』にそれぞれの詳細が書かれているので、引用する。

「当町の儀者四ヶ所に相分有之、内同所中門前町続壹ヶ所、里俗西古門前町と相唱、同所新門前町向南側一ヶ所里俗上古門前町と相唱、同所三崎町続壹ヶ所、里俗下古門前町と相唱、同所日蓮宗大円寺続壹ヶ所里俗下古門前町と相唱申候、右は何故切地相成候哉相分不申依之相分ヶ左の通申上候」とある。

またそれぞれの位置は、西古門前町が「東の方感応寺境内、吉祥院、西の方谷中片町、同所七面前町、南の方吉祥院、北の方新堀村経王寺」、上古門前町が「東の方感応寺表門前、新茶屋町、西の方谷中町瑞輪寺、南の方西光寺門前(後の谷中西光寺町)、北の方同所新門前町」、下古門前町が2箇所あり、西の方は「東の方谷中三崎町、西の方駒込千駄木坂下町、南の方法住寺、北の方感応寺領境内貸し地」、その東の方は「東の方立善寺、南の方大円寺、西の方感応寺、北の方御切手同心組屋鋪(谷中御切手町)」とある。

1745(延享2)年、寺社奉行から町奉行支配に代わった。町域内に三崎坂があり、藍染川が流れていた。1833(天保4)年、長耀山感応寺から「護国山天王寺」へ改号となり、それに合わせて町名も「谷中天王寺古門前町」と改称となり消滅。

撮影場所:谷中感応寺古門前町

撮影地:台東区谷中六丁目3番8号(kokkon)

谷中天王寺古門前町 下古門前町

江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。