廃止か存続か

一応の基準があります。


・冠称を外した又は付けた

・町名から「町」を外した

・読み方は変わらないが、漢字等の表記が変わった


これらは「存続」にしています。


例:本所錦糸町…1872(明治5)年にそれまでの武家地等を統合して起立した町です。1911(明治44)年5月1日に「本所」の冠称を取りました。1932(昭和7)年には総武線の線路の北側を錦糸町、南側を江東橋に分けました。そして1967(昭和42)年5月1日に町名から「町」を外しました。この場合は「存続」としています。


なお、町が郡域に追い出されてしまい、村又は町(地方自治体としての町)の大字又は小字になってしまっても、辛うじて名前が残っている場合も「存続」としています。


例:本所五ノ橋町…1872(明治5)年にそれまでの中之郷五之橋町小梅五之橋町が合併して起立した町です。1889(明治22)年5月1日、市制町村制施行となり、南葛飾郡亀戸村大字五の橋町とされてしまいましたが、この時点では「存続」としています。但し、1915(大正4)年8月31日に亀戸町の大字名の整理統合の際に、町域は大字六・七、九丁目に編入となり、地名から「五の橋」が完全に消えてしまいました。ということで、施行前日の1915(大正4)年8月30日一杯をもって「廃止」としています。


また、俗称町名には「起立」も「廃止」もないのですが、起立は「そう呼ばれることになった時期」、廃止は「そう呼ばれなくなった時期」と読み替えていただければ幸いです(正直、「呼ばれなくなった時期」は不明なんですが…)。


なお、それまでは俗称だった地域が公称になったパターンもあります。たとえば、麻布仲ノ町大久保百人町等々。町ごとにご覧いただけたらと思います。


江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町