【牛込①005】市ヶ谷佐内坂町

町番号:牛込005

町名:市ヶ谷佐内坂町

読み方:いちがやさないざかちょう Ichigaya-Sanaizakachō

区分:町丁

起立:元和年間(1615~1624年)

廃止:1911(明治44)年4月30日

冠称:「市ヶ谷」

現町名:新宿区市谷左内町

概要:古くは豊島郡野方領市谷村に属す。元和年間(1615~1624年)に市ヶ谷田町一丁目坂下通り角屋敷に住んだ名主島田左内が傾斜地を頂上まで切り開いて町屋を開き、坂に沿って屋敷を建てた。そのため、はじめは「市ヶ谷坂町」と称し、俗に「市ヶ谷佐内坂町(市ヶ谷左内坂町)」と呼ばれていたが、後に俗称を町名とした。島田左内は市ヶ谷田町市ヶ谷船河原町市ヶ谷上寺町牛込揚場町の名主を務めた。墓は現・住吉町の安養寺にある。なお、左内は「江戸百官」で、江戸時代になって律令制度の職名に似せて作った擬似官名で特に意味はない。龍馬、左膳等も同じで、左内では橋本左内が有名。1828(文政11)年の家数44軒(町方書上)。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1872(明治5)年、火消屋敷、使番安藤家敷地、市ヶ谷上寺町(佐内坂上寺町)を併合。当時の戸数58・人口197(府志料)。

1878(明治11)年11月2日、東京府牛込区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市牛込区に所属。

1911(明治44)年5月1日、「市谷左内町」と改称して消滅。後身の市谷左内町は1943(昭和18)年7月1日、東京都牛込区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都新宿区に所属。

撮影場所:市ヶ谷佐内坂町

撮影地:新宿区市谷左内町1番地(山本ビル 池治)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:小梅五之橋町 ※コピペしてもかまいませんが、その際は逐一出典を明らかにしてください。