【日本橋①005】室町

町番号:日本橋①005

町名:室町 一~三丁目

読み方:むろまち Muromachi

区分:町丁

起立:江戸期

廃止:存続

冠称:1947(昭和22)年3月15日から「日本橋」

現町名:中央区日本橋室町一・二丁目

概要:一~三丁目があった。江戸期は現行の日本橋室町一・二丁目の中央通りを挟んだ一部。家康入国後、葦の生い茂っていた村を新鳥越に移し、町屋を開いたという(落穂集)。町名は京都の室町に倣ったもの。江戸第一の繁華街の一つで、一丁目西側角は1605(慶長10)年の江戸城増築の時、石船100艘を献じた堺の塗物商尼ケ崎又右衛門(利右衛門ともいう)の拝領地で「尼﨑町」ともいわれ、「尼店」とも俗称された(備考)。漆器・荷駄装束の店が多かった(続砂子)。他にも一丁目の東横丁は縮緬饅頭で名高い高砂屋があったことから「高砂新道」、三丁目の横丁を畳表の浮世茣蓙を商う店があったので「浮世小路」といった(「浮世新道」、「たべ物新道」ともいわれた)。なお、浮世小路の名は湯女を置いた風呂屋があったためともいわれる。二丁目には京屋、島屋という飛脚屋があった。

慶応4年5月12日(1868年7月1日)、江戸府に所属。慶応4年7月17日(1868年9月3日)、東京府に所属。1869(明治2)年、本町三丁目裏河岸西部を三丁目に合併。1872(明治5)年の戸数203・人口1,099(府志料)。1878(明治11)年11月2日、東京府日本橋区に所属。1889(明治22)年5月1日、東京府東京市日本橋区に所属。町内には資生堂、千疋屋等、有名商店が多数置かれた。1931(昭和6)年から翌年にかけて、帝都復興計画の一環により、品川町品川町裏河岸、十軒店町(元は本町十軒店)の全部と、駿河町安針町伊勢町瀬戸物町長浜町本革屋町金吹町本町本小田原町本船町本石町の一部、本銀町の一部を編入し、室町一~四丁目となる。1943(昭和18)年7月1日、東京都日本橋区に所属。1947(昭和22)年3月15日、東京都中央区に所属。

撮影場所:室町二丁目

撮影地:中央区日本橋室町一丁目4番1号(日本橋三越本店)

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江戸町巡り

落語や時代劇、近代文学の愛好家諸氏、 江戸の町を散歩してみませんか? 表紙:浅草茅町一丁目